富士そばで、「昔ながらのラーメン」を食べた

あの富士そばに、ラーメンがある、ということをご存知だっただろうか。

僕は、知らなかった。もちろん、「そんなの前からある。普通知ってる」と、そう思う人もいるだろう。

だが僕は、知らなかった。

おそらくこのブログにたどり着いた方は僕と同じように、「え、富士そばにラーメン?美味しいの?…まず検索してみるか…」

と思い、今に至っていることだろう。

よってここでは、富士そばで食べた”ラーメン”について語っていこうと思う。

 

 

僕はこれまであまり、外食はすれどその中で「富士そば」という選択肢は、あまりなかった。

というか、そばを食べるといった選択肢自体が、自分の中にあまりなかった。

自分の食生活のなかに「そば」という選択肢が生まれたのは、少しではあるが海外に住んだということがきっかけだろう。

その間、和食から離れていたからだ。自炊で和食をつくることはあったが、それでもその中に「そば」という選択肢はなかった。

 

食においては基本的に「質より量」を求める自分にとって、「食べた」という満足感を得るには、そばは少し物足りない。

安く手軽に済ませたいと思ったときには、「牛丼」だった。ちなみに、デフォルトで味噌汁がついてくる、松屋派だ。

だがあの無駄におしゃれっぽい入れ物に入って牛めしと共に出てくる、「黒胡麻焙煎七味」のありがたみを感じたことは、これまで一度もない。出てくるから一応かけてはいるが。

 

また、いわゆる”コミュ障”に近い自分にとって、口頭で注文するよりも食券であるほうが気軽だった。

「注文すらしたくないとかどれだけの”コミュ障”なんだ」といった声も聞こえてきそうだが、今回お伝えしたいのは自分の”コミュ障”具合ではなく、あくまで「富士そば」についてなので、そこについてのツッコミは遠慮頂きたい。

 

ちなみに牛丼屋の優先順位で言うと、”松屋>すき家>吉野家”だ。

だが、今回お伝えしたいのは、自分の牛丼屋における優先順位ではなく、あくまで「富士そば」についてなので、「知らねえよ」といったツッコミも遠慮頂きたい。

自分でも書いているうちに途中からこのブログが松屋についてのブログだと勘違いしてしまっていたため、話を戻すが今回、僕は富士そばのメニューに「ラーメン」があることを知った。

メニュー名は、「昔ながらのラーメン」である。

 

もしかしたら、そば屋にラーメンというところに、いわゆる”邪道”といった概念を持つ者もいるのではないだろうか。

だが、特にそば屋というものに強いこだわりがあるわけではない自分にとって、これは興味をそそられた。

富士そばのラーメン。どのような味なのだろう。しかも、「昔ながらのラーメン」だ。

 

 

自分にとっての「昔ながらのラーメン」というのは、実家の近所にあった小さなラーメン屋の味だった。

このお店の思い出といえば、「美味しかった」という記憶しかない。

ラーメン屋でありながら、近所の住人たちの憩いの場であったとも言える。

 

家から徒歩で通える場所にあったため、家族で何度も通ったものだ。

過去形なのは、この小さなラーメン屋は自分が小学生の頃、理由はわからないが地元の皆に惜しまれながら閉店してしまったからである。もうここのラーメンを味わえることは、二度とないだろう。

 

だが、それから数年後、家の近所に新たなラーメン屋ができた。

そこはなんと、以前その閉店してしまったラーメン屋で働いていた従業員が新しく開いたとのこと。

 

きっと、皆大きな期待を抱いたことだろう。

それは自分も、自分の家族も同じだった。

そのお店がオープンし、しばらくは行列が続いた。

 

だが残念なことに、決してそこのラーメンは「美味しい」といえるものではなかった。それは自分だけでなく、皆が思っていたようだ。

それだけ、ラーメンというのは奥が深いのだろう。美味しいお店で働いていたからと言って、そこの従業員がろくに修行もせず、美味しいラーメンをつくることは難しい。

そして、日が経つにつれて、そのラーメン屋に足を運ぶものはいなくなった。

それから月日が経ち、30歳を過ぎた今でも地元に帰省すると、そのラーメン屋を目にすることがある。だが、人が出入りしている様子は見当たらない。

それでも店が続いているのは、田舎のコストの低さならではといったところではないだろうか。

 

だが、今回お伝えしたいのは、そのラーメン屋の「不味さ」ではなく、「富士そば」についてなので、「さっきから何の話をしているんだ」といったツッコミには、「ごめんなさい」以外の言葉が見当たらない。

 

ごめんなさい。

 

 

そして、その「昔ながらのラーメン」を食べるべく、富士そばに入った。食券販売機に小銭を入れ、「昔ながらのラーメン」のボタンを押す。

ちなみに価格は420円。

ラーメン一杯で420円というのは、東京で味わえるラーメンにしては安いといえる。

「富士そば」はそもそも低価格であり、自分が500円もせずにそばを食べられる環境に身を置いていることに、今では感動すら覚える。

いつしか「富士そば」を、”神”と崇めつつある自分がいる。

 

 

もちろんウソだ。

 

 

そして、食券を渡し、ラーメンが出てきた。ラーメンでありながらこの待ち時間の短さも、「富士そば」ならではと言えるだろう。

見た目は決して悪くない。油の浮き具合、具材、麺の太さ、「美味しそう」としか言いようがない。

 

基本的に僕は、ラーメンはこってりのトンコツ派が好きで、麺は太麺派だ。細麺は苦手であることから、同じこってりと言えど「一蘭」や「天下一品」にはあまり足を運ばない。

博多ラーメンといったものが自分にはあまり合わないのだろう。

 

そして「富士そば」の「昔ながらのラーメン」は、醤油。

そう、自分的にも昔ながらといえば、醤油である。

前述した、すでに閉店している地元のラーメン屋も、醤油だった。というか他のメニューは覚えていない。

ラーメンと言うより、中華そばと言ったほうが正確かもしれない。

 

ラーメンと中華そば、具体的に何が違うのかと聞かれればまったくもってわからない。

だがあえてラーメンではなく中華そばと言ってみることで、通っぽさを感じている。

 

ということで、いざ口に運んでみる。

 

予め言っておくと、僕はあまり味に対してはうるさくない。食べれればいいといった性格なのだ。つまり”美味しい”か”美味しくない”か、その2つでしか評価はできない。

 

ラーメンにおいて、コシがどうだのスープがなんだのというのは、正直よくわからないしそんなことをドヤ顔で語りたいとも思わない。

だがこのブログに辿り着いてくれた方に少しでもわかりやすく伝えるために、なんとか”美味しい”と”美味しくない”だけで伝えたいと思う。

 

「昔ながらのラーメン」

 

食べた感想は、「美味しい」だった。

 

ただ、普通に、「美味しい」

 

正直なところ、「昔ながら」であるかどうかはわからない。食べた瞬間、あの昔通った地元のラーメンの記憶が呼び起こされるか、と言われれば、はっきりそうだとは言えない。

 

というか、メニューに「昔ながら」と付いている時点で、その記憶が若干蘇っているので、食べたところで結局は、「美味しい」としか言いようがない。

だが、とにかく美味しい。

420円であるなら、十分にコスパはいいと言える。

コスパ。

 

コストパフォーマンス。

 

「安い割によくない?」

 

を現代風に言い換えた言葉。

コスパがいい。

このラーメンは昔ながらか、と聞かれればなんとなく確かにそんな気もしてくるほど、美味しい。

「富士そば」のラーメンは、美味しいのだ。

味の濃さや、麺の太さ、具材、どれをとっても申し分ない。

420円で、そば屋でありながらこの美味しさは、ずるいとも言えるほどだ。

汁まで飲み干してしまった。

 

さすがに言い過ぎている感は否めないが、味の違いがそんなにわからない自分にとっては、これが正直な感想。

味に細かい人にとってはどう感じるかわからないので、あくまで参考までにといったところだ。

どの店舗にもあるのかどうかはわからないが、この日利用したのは、北千住店。

「富士そば」のラーメンは、美味しい。

●【住所】東京都足立区千住2-61







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